再びオンドール侯爵邸へ

リヴァイアサンを脱出するも、アーシェの中に、このままでは 帝国に逆らい続けられるのも時間の問題だと、確信が芽生えはじめていた。しかし、所詮、王位を失った自分に、今、出来ることは、現実問題、何もなかった。
自分の無力さに悲痛の表情をするアーシェの心がバッシュにはよくわかっていた。リヴァイアサン潜入の件、ウォースラの件について、バッシュはオンドール侯爵が 本当に反帝国であることを見抜いていた。今、アーシェの力になれるのは、彼しかいないと思った。
オンドールを頼るようにアーシェに提案したが、 アーシェにとっても、ウォースラがそうであったように、 表向きには帝国寄りな彼を頼ることには大きな懸念があったのだ。
そんなアーシェにウォースラが、自分の、それまでのオンドールへの不信感を改めるように言った。
「自分も、オンドール侯爵を頼ることについては賛成です。これまで距離を置いてきましたが、もっと早く侯爵を頼っていれば・・・・自分が愚かでした」
長い間、オンドールを否定していたウォースラの姿を見てきただけに、アーシェにとって その言動は、何よりも説得力があった。
「殿下、自分に時間を下さい。我々の力だけでは国を取り戻せません」そう言って、別の線から状況を好転させたい、と、アーシェのもとから離れる決意を表した。
不安そうな顔をするアーシェを安心させるように「・・・・自分が戻るまでは、バッシュが護衛をつとめます。まだ彼を疑っておいででしょうが国を思う志は、自分と変わりません」ウォースラはそう言って、自分がバッシュを信頼している胸の内をアーシェに伝えた。
忠実な家臣としてこの2年間、ずっとアーシェを守り続けてきたウォースラの言動は アーシェにとっては何よりも真実性が高かった。
「あなたがそこまで言うなら・・・任せます」彼女はまだ戸惑いながらも、ウォースラが自分のもとを去ることを認めた。
「殿下を頼む。オンドール侯爵のもとで待っていてくれ」ウォースラはバッシュに向かって言った。
バッシュは静かに頷いた。


アーシェにとって、ダルマスカと友好関係にあったオンドール侯爵家は 子供の頃からのなじみだった。とくにハルム・オンドールには、随分と甘えた記憶がある。
しかし、彼女にとって、今は、そんな子供の頃の記憶にすがる余裕もなかった。アーシェは久しぶりに会ったオンドールの前で 国王暗殺の夜に何があったのか、その真実を語りはじめた。
「・・・・あの調印式の夜、父の死を知ったウォースラは、ラバナスタに戻って私を脱出させました。ヴェインの手が伸びる前に、あなたに保護を求めようと・・・・・」
「ところが当の私はあなたの自殺を発表・・・・・帝国に屈したように見えたでしょうな」オンドールは苦笑まじりにそう言って、アーシェから視線を外した。「あの発表はヴェインの提案でした。当時は向こうの意図を掴めぬままやむなく受け入れましたが・・・」
オンドールはそこまで言うと、さらに皮肉っぽい笑みを浮かべ、 バッシュの死亡説同様、全て、ヴェインが自分を脅すための策略でしかなかったことを静かに語った。
「でも、それも終わりです!私に力を貸して下さい!ともにヴェインを!!」懇願するようにアーシェが叫ぶ。
オンドールはそんなアーシェを愛おしむように優しい表情をふと見せた。「抱っこをせがんだ小さなアーシェは、もういないのだな・・・・殿下は大人になられた」そう言って、もう二度と、その表情を彼が見せることはなかった。
オンドールは、元の、聡明で、そして少し厳しい顔に戻り、しっかりとアーシェを見つめて続けた。
「仮にヴェインを倒せたとしても、その後は?王国を再興しようにも、王家の証『黄昏の破片』は 奪われました。あれがなければ、王位継承者として認められないでしょう」
オンドールの言葉にウソはなかった。まったく、その通りだ、と、アーシェは無力感に打ちひしがれた。
「王家の証を持たない殿下に、今できることは何ひとつございません。しかるべき時まで、ビュエルバで保護します」
「そんな、できません!」
「では、今の殿下に何ができると?」いきり立つアーシェをなだめるような口調でオンドールが答えた。
アーシェは最後の望みも絶たれ、肩をおとして部屋を出て行った。
ヴァンは、そんなアーシェが、このまま黙って引き下がるのかと、少し心配になってその後の彼女の行動を、気にかけた。


  • FF12ストーリー あまい誘惑