兄弟

帝国軍の指揮をとるヴェインは、おそらく、バハムートの最上階、発令所にいるはずだ。アーシェ達はだいたいの推測をつけ、帝国兵からの攻撃をかわしながら、最上部へ移動するリフトを探した。中央エリア内郭通路から中心部に潜入すると、目の前に中央リフトが見えて来た。
アーシェがリフトのスイッチに近づこうとしたその時、ガブラスが彼らの前に躍り出た。
「・・・生き延びていたのか」
バッシュがやや安堵した口調でそう言った。
「俺はジャッジ・マスターだ・・・今は野良犬同然だがな」ガブラスはやや自嘲気味な口調だった。これまでの彼は、ラミナス皇帝の命令でヴェインの周りをかぎまわるだけで、ジャッジ・マスターとしての唯一の仕事といえば、ラーサーの護衛役だけだった。その護衛役もシドから解任の宣告を受け、今や、発令所に近づくこともできなくない名ばかりのジャッジ・マスターに成り下がっていた。「故郷を滅ぼした帝国に、尻尾を振って仕えた報いだ!」
「やめろ!それ以上自分をおとしめるな!」自暴自棄になる弟をたしなめるようにバッシュが怒鳴った。
「貴様に何がわかる!」

19年前、バッシュとガブラスの祖国である小国ランディスは、アルケイディアの侵攻によって滅ぼされた。バッシュは帝国に屈する恥に耐えられず、対抗手段を探して祖国を出たが、ガブラスにとっては兄が祖国を捨てたようにしか見えなかった。以後、祖国を奪った帝国と、国を捨てた兄への復讐心を燃やしていたのに、いつしか憎い帝国の皇帝の犬となり、私情のために全てを失っていた。自分を許せない気持ちと、昇華されない兄バッシュへの恨みが一挙に爆発していた。
バッシュは、今、そんな弟を受け止めようとしていた。
「なぜだ!ランディスもダルマスカも守れなかった貴様が・・・・今なお、自分を見失わずにいられるのはなぜだ!」
「俺には守るべき人がいた・・・・それだけだ。」バッシュは静かに答えた。
守るべき者。
その言葉は、今や主君であるアーシェを騎士として守ること、それだけではなく、彼がその時々に応じて守ろうとして来た国や民、仲間をもさしていた。「お前がここにいるのも、ラーサーを守りたい一心ではないのか!」
「黙れ!俺は全てを奪われた!故郷を捨てた貴様を許せん!残る思いはそれだけだ! 守りたいものほど守れない!・・・・違うか!」
バッシュは、ひと呼吸つき、この哀れな弟になんと言えばいいのかしばし考えた。
「お前の問いに答えるのが・・・兄としてのつとめだな」そうしてバッシュは、憎しみのために翳す、ガブラスの剣を受け止めた。
ガブラスは、ヴェーネスから受けた傷、リドルアナで受けた爆風、その全てのダメージでもう、体全体がボロボロだった。これまで強敵と戦い、騎士としての腕を上げて来た、健康なバッシュに勝てるわけがなかった。ガブラスは、バッシュが手加減をしている事に気づき、屈辱のあまり床に倒れ込んだ。
「・・・気が済んだか?」肩で息をしながら、バッシュに言った。
「俺のセリフだ。そうだろ?ノア」
「ノア」はガブラスのファーストネームだった。 ガブラスは母方の姓で、本名はノア・フォン・ローゼンバーグだったが、祖国を失い母の故郷アルケイディスに移住してからは ノア・ガブラスで通して来た。しかし母を亡くして以来、彼が「ノア」と呼ばれる事はほとんどなかった。
懐かしい響きにガブラスはうずくまり「その名で呼ばれる資格は、もうない」と自嘲した。
「生きて、償うんだな」バッシュの言葉を背にし、ガブラスはよろめきながら中央リフトから姿を消した。


ガブラスが去った後、アーシェ一行はリフトを操作し、最上部へ向かった。
到着した発令部にはヴェインと、ラーサーの姿があった。アーシェたちを確認したラーサーは動揺して、兄の顔色を注意深く見つめた。
「わがバハムートへようこそ、アーシェ殿下。王族にふさわしい出迎えが遅れた非礼を詫びよう」ヴェインはそう言って、アーシェに一礼した。
「ひとつお尋ねしたい。・・・・あなたは何者だ?亡国の復讐者か?あるいは救国の聖女か?」
「・・・どちらでもないわ。私は私・・・ただ自由でいたいだけ」
アーシェの言葉に、ヴェインは呆れたような表情をした。 ヴェインには、アーシェが君主としての義務を放棄しているようにしか思えなかった。ソリドールの者としていずれ国を指導するという己の役割を常に自覚して来た彼にとっては、意図はなんであれ、君主が軽々しく、自由を望むような発言をするのは我慢がならなかったのだ。 「そんな女に国は背負えんな。ダルマスカはあきらめたまえ」そうして拳を前に突き出した。「見ておけ、ラーサー。君主たるものとして、力なき身の苦しみを胸に刻め!」 「嫌です!!・・・・僕は・・・・私は!」そう言ってラーサーはわなわなと恐れおののき、震える手で兄に剣を向けた。「無力だったとしても、あきらめはしません!」ラーサーは、ぎゅっと剣を握る手に力を入れた。
「頼もしいな」ヴェインはふっと笑った。
そんな ラーサーの姿を見守る者がもう1人いた。バッシュとの戦いに敗れた後、アーシェたちの後を追って来たガブラスだった。
「ラーサー様」
彼は最後の使命を果たそうとしていた。
兄バッシュの思いを聞いて、改めて自分が守るべきものを振り返っていたのだ。過去を捨てられず、自分中心な恨みのために守るべき者を守れず全てを失った。しかし兄は、自分を見失わなかったからこそ守るべきものも見失わなかった。ならば守るべきものを、自分の命をかけて守り抜こうと、最後の戦いに挑もうとしていた。


  • FF12ストーリー あまい誘惑