「暁の断片」を入手し、 一行がレイスウォール王墓の外に出ると、物々しい飛空挺のエンジンの音が空に轟いていた。アーシェは驚いて空を見上げた。
帝国の戦艦リヴァイアサンが、まるで彼らを待ち構えていたように空を覆っていたのだ。
シュトラールは、ヤクト・エンサの入口に置き去りにされていて、 無防備な彼らが、帝国の襲撃に抵抗する術もなかった。あっという間に帝国兵に取り押さえられ、 彼らは再びリヴァイアサンに連行された。
なぜ、帝国が自分たちの行動を知っていたのだろう。
アーシェは疑念と屈辱で倒れそうになっていた。
リヴァイアサンで彼女を待っていたのは、ジャッジ・ギースだった。
「再びお目通りが叶って光栄ですな、殿下」相変わらず見下したような態度で丁寧な言葉を言うギースに腹を立てながら、アーシェは吐き捨てるように言った。
「本題に入りなさい」
「破魔石を引き渡して頂きたい」
アーシェは驚いて、思わずギースを見つめた。
パンネロは、ギースが、ラーサーが自分に渡した人造破魔石を返せと言っているのかと思い、人背後に隠した。目ざとくそれを見ていたギーズは、パンネロを嘲笑するかのように言葉を続けた。
「そのような模造品ではない。我々が求めているのは・・・」そう言って、視線をウォースラに向けた。「覇王レイスウォールの遺産である『神授の破魔石』だ。まだ、話していなかったのかね。 アズラス将軍」
アーシェは、まだ状況がわからずに、今まで信じて疑った事など一度もなかったウォースラを見つめた。
「殿下『暁の断片』を。あれが破魔石です」ウォースラの答えに、アーシェは立っているのが精一杯になった。
「なぜだ、ウォースラ!!!」アーシェの気持ちを代弁するかのようにバッシュが最初に口を開いた。
「帝国は戦って勝てる相手ではない!ダルマスカを救いたければ現実を見ろ!」
バッシュとウォースラのやりとりに満足そうな笑みを浮かべ、ギースが割って入ってきた。「アズラス将軍は、賢明な取引を選んだのですよ。 我が国は「暁の断片」と引き換えに、アーシェ殿下の即位と、ダルマスカの復活を認めます」そうして、笑いが止まらない、という様子で、倒れそうになっているアーシェに言った。「いかがです?たかが石ひとつで、滅びた国がよみがえるのです」
「・・・で、あんたの飼い主が面倒を見て下さるわけだ」
アーシェが、立っているのが精一杯なのを知って、バルフレア風の気遣いで、皮肉たっぷりそうにいってみせた。「あんたの飼い主」とは、ヴェインの事だ。
「アーシェの即位とダルマスカの復活」というギースの約束は、アーシェがヴェインに「飼われる」事態になりかねないと、バルフレアなりのアーシェへの警告だった。 そして同時にギースがヴェインの飼い犬にすぎないと言う、ギースへの皮肉でもあった。
図星を突かれたギースは、カッとなってバルフレアに剣を突きつけた。「彼をダルマスカの民とお考えなさい。殿下が迷えば迷うほど、民が犠牲になる」そう言って、突きつけた剣を、さらにバルフレアののど元に近づけていった。
「彼が、最初のひとりだ」
バルフレアは、ギースの鋭い剣の刃をのど元に感じながら、精一杯アーシェを気づかった。
オレなんかどうなってもいい。だから、石を渡すな、彼はそう言いたかった。
しかし、アーシェの気持ちは、もう決まっていたのだ。
バルフレアが殺される確率よりも、生き伸びる確率を選びたかった。彼は自分を裏切らない。 最初にそう思った直感を信じた。例え、破魔石を奪われても、彼と一緒なら、奪い返す事が出来る。なぜ、そんな事を思えるのか、若いアーシェには、自分の心が理解する事が出来なかった。しかし、危機的な状況が、彼女の本心を素直にさせたのかもしれない。
アーシェは、黙ってギースに「暁の断片」を渡した。
「アーシェ!」 ヴァンが悲痛な声でアーシェを止めたが、もう、遅かった。
バルフレアは、あんなにも王位にこだわっていたアーシェの素直さに驚いていた。
オレのためなのか?
オレが殺されないために、この王女は、石を敵に捧げると言うのか?!
「王家の証が、神授の破魔石であったとは・・・・。ドクター・シドが血眼になるわけですな」
ギースの言うドクター・シドと言う名前に、バルフレアが敏感に反応した。
「今、なんつった?」冷静に構えていたバルフレアの顔色がみるみると変わっていった。ギースは、そんなバルフレアに興味も示さず、ウォースラに向かって命令した。
「アズラス将軍、ご一行をシヴァへ。数日でラバナスタへの帰還許可が下りる」アーシェたちは、ウォースラによって軽巡洋艦シヴァへ連行された。
「ラバナスタに戻ったら、市民に殿下の健在を公表しましょう」アーシェ達を軽巡洋艦シヴァへ連行する道筋でウォースラは 今までの事を詫びるような口調でアーシェに言った。ウォースラは、ウォースラでダルマスカの未来を思い、決断した帝国との駆け引きだった。しかし、彼もギースの約束が口約束であってはならない、と懸念していた。帝国との駆け引きを実らせるためにも、アーシェの生存をラバナスタの市民に知らせたほうがよい、と判断していたのだ。
「・・・あとは自分が帝国との交渉を進めます。ラーサーの線を利用できると思います。彼は話がわかるようです、信じてみましょう」
先ほどから一言も口をきかなかったアーシェだが、ウォースラの言葉に半ば呆れるようにして、口を開いた。「・・・今さら、誰を信じろと言うの?」
「・・・・ダルマスカのためです」
ウォースラはアーシェから目を背けた。