旧市街地

フォーン海岸を抜けると、さらに広大なツィッタ大草原が開けた。ツイッタ大草原はアルケイディア地方の南部丘陵地帯の中央を占めていて、このまま北上すれば帝都へ到着するはずだった。これまで徒歩でフォーンを渡ったおかげでアーシェたちの帝都潜入は気づかれずにいたが、バルフレアは慎重に、さらに人目のつかないソーヘン地下宮殿を通っていこうと、提案した。
ソーヘン地下宮殿はツィッタ大草原とアルケイディス旧市街地をつなぐ地下遺跡だった。ガルテア連邦時代のものと言われており、自然の洞窟と人工の建造物が一体化していた。
宮殿入口はツィッタの果てにぽっかりと口を開けた洞窟の先にあり、ヴァンはこんなところが帝都に続いているのかと疑った。一方のバルフレアは、何かとこの辺の地理には詳しいようで、 帝都に続いていそうもない道だから選んだのだと、自信満々に言った。
バルフレアの言う通り、長い間地下宮殿には人の足が入っていなかったのか、すでに白骨化した死体が、あちこちに散らばっていた。そして、彼らの前に現れる魔物の数々は今までにない強さだった。 へっぴり腰の帝国兵がとうてい敵う相手ではない事がわかる。魔物の大群をかわしながら、ヴァンは、この先にアルケイディスがある事を祈った。
迷宮のような地下宮殿を進むと、やがて狭い通路の先に仄くらい明かりの気配を感じた。その先の扉を開けると古びた管制台があった。スィッチを押すと浮遊台が下りて来て、足を進めると自動的に上へ移動を始めた。空気の流れが、外から来るそれであることはヴァンにもわかった。彼は、浮遊台が到着した先にあった古い扉を開け、まぶしい太陽の光を体いっぱいに浴びた。


地下宮殿を出ると、ガルテア連邦時代に建てられた古い石造建築の民家が建ち並ぶ旧市街地に到着した。建物はひどく老朽化しており、人々の身なりは貧しく、あまりラバナスタのダウンタウンと変わらなかった。否、ダウンタウン以下の貧しさかもしれない、ヴァンはそう思い、「帝都ってわりには、貧乏くさいんだな」と思わず口にしてしまった。
「・・・・これも帝都の現実さ。ここら旧市街は市民権がなくて都市部に住めない「外民」のたまり場でな。”上”から転げ落ちてきた奴と、どうにか這い上がりたい奴の街さ」
バルフレアの言う「上」というのは都市部にある「新市街区域」のことを指した。古い平屋建ての民家が連なる旧市街地とは対照的に近代的な高層ビルが建ち並ぶ区域であり、人々は「上」と言って、旧市街地と区って別した。帝国には「政民」「新民」「外民」の3つの区分があるが、外民だけは市民権がなく、都市部での居住を許されていなかった。今やアルケイディスの領土となった旧ラバナスタ国民であるヴァン達であったが、ここでは「外民」の分類となった。よって、彼らに都市部へ入れる権利はないのだとバルフレアは説明した。
ヴァンは、ふうん、と呟くと「『上』ってのは、もっと綺麗なのか?」と尋ねた。
「ああ。別の意味で汚いがな・・・行くぞ。ドラクロアは『上』の区画だ」バルフレアはそう答えて、一行の足を進めたが、『上』の区画の入り口には帝国兵が警備を固め、容易に先へは進めそうになかった。どうしたものかと、立ち往生していると、背後から見知らぬ男が近づいて来た。


「いやいや、なんともお懐かしい方がいらっしゃるじゃないの。まさか、またお目にかかれるとはねぇ」わざとらしい笑みを浮かべたその男を見た途端、バルフレアが露骨に迷惑そうな顔をした。「そう渋い顔しなさんな、旦那。せっかくの男前が台無しよ?」
反吐が出そうなほどの嫌らしい口調の男と、苦虫を踏みつぶしたような顔をするバルフレアを見比べながらヴァンは率直に、「知り合いか・・・?」とバルフレアに疑問を投げかけた。
「・・・・古いなじみさ。ジュールってケチな情報屋だ」
バルフレアの「ケチな情報屋」という言葉に、当のジュールは特に否定する様子もなく「そのケチな情報屋が役に立つときもあるんだよねぇ、これが。 例えば・・・『上』に行きたい時とかね」と言い、無邪気に興味を示すヴァンに「アルケイディスでは”情報”こそ力なのよ。情報さえあれば、たいていの無理は通るねぇ。 だから、情報が商売になるわけ。 教えてほしかったら、それなりに、ねぇ?」そうして1500ギルを求めて来た。
渋い顔をするバルフレアをよそに、ヴァンは『上』に行くためならと、喜んでジュールに1500ギル渡した。そして彼のアドバイス通り、旧市街地で得た情報を利用して路上で喧嘩騒ぎを起こさせた。すると警備中の帝国兵達が騒ぎを止めるために持ち場を離れたのだった。
「今なら通れそうだな」 とヴァンは満足そうな顔をして、「助かったよ!ジュール」と嬉しそうにジュールに手を振って、警備のなくなった入り口から新市街区域へ進んでいった。
その後を追いながら、バルフレアは涼しい顔をしているジュールに「あんなはした金で、お前が動くとはな・・・」と嫌味のような口調で言った。
「いいネタ仕入れさせてもらったお礼さ。 なんせ、あのブナンザ家の御曹司が帝都に里帰りだ。これ以上の”情報”はないだろ?」
そう答えたジュールは満足そうにバルフレアを見つめた。
バルフレアの本名は、ファムラン・ミド・ブナンザ。ドクター・シドの三男坊として、父親譲りの才能を何かと注目されていたファムランが 父親との縁を断絶して、帝都を去り、数年が経っている。現在はバルフレアと名前を変え、空賊になった後の消息を知る者は、少なくとも帝都にはいなかった。
その、バルフレアとなったファムランが、こうして自ら生まれ故郷の帝都に戻ってきたのだ。情報屋にとっては、またとないスクープなのだ。
「・・・フン」吐き捨てるようにそう言って、バルフレアはジュールの前を去っていった。


  • FF12ストーリー あまい誘惑