地理的に恵まれず、資源に乏しいアルケイディアは、学問を奨励し、数多くの研究機関を抱える学術都市として発展してきた。その結果、優れた技術者や機工士を輩出し、今や技術国アルケイディアとして世界に君臨していた。その最新技術を集結させ研究しているドラクロアは、アルケイディアの兵器開発を担う研究所であることが知られていた。しかし、実際にはその研究内容については内部機密とされており、普段より部外者が忍び込めないように厳重な警備がなされていることも有名だった。
一度は技術者として、そしてシドの後継者として期待され、ドラクロアの第1線で働いたこともあるバルフレアは、内部事情をよく知っており、研究所潜入直後に帝国兵と一戦交えるであろうことも想定内に入っていた。
しかし、実際に所内に足を踏み入れると、帝国兵どころか、人1人歩いていない研究所の静寂さにバルフレアどころか、一行は驚くことになった。
「・・・静かすぎる」バルフレアと同様、アーシェの護衛として充分に用心して来たバッシュなだけに、あまりの所内の静けさを逆に警戒する様子だった。
「・・・ああ。妙だ。衛兵がいないわけないんだが」
「オレたちの運がいいってことだろ?」警戒するバッシュとバルフレアに対し、気楽な様子でヴァンが言った。
バルフレアもバッシュもヴァンの気楽さをある意味頼もしいと思いつつも、さらに用心深くシドの研究室へ足を進めた。
重要な情報が保管されている、いわゆる機密とされている研究区域に入り込むと、所どころに負傷した衛兵が累々と横たわっていた。バルフレアは胸騒ぎを感じ、恐る恐る父親の研究所の扉を開けた。案の定、部屋の中はひどく荒らされ、本や資料が床に散乱していた。
「・・・・先客があったんだわ。私たちより荒っぽいようね」フランも尋常ではない状況に声を潜め、倒れた本棚を調べていた。
「そいつの狙いも破魔石か?」ヴァンもようやく、ことの重大さに気づいたようで、散らばってる資料の内容を調べていた。
「・・・・あれから6年か・・・・。なぁ、ヤクト・ディフォールで何があった?何があんたを変えたんだ?」先ほどから上の空で父親の机を前で立ち尽くすバルフレアの後ろ姿をアーシェが見つめていた。
しばらくして研究室の外で多くの足音とともに帝国兵の声が聞こえて来た。
「気づかれた?」その騒ぎを聞いてヴァンが不安そうに言った。
「たぶん”先客”の方よ。今動くのは危険だわ」
「敵さんの混乱を利用すればいい。とにかくさっさとシドを探す。それだけだ」バルフレアはフランの言葉を遮るように、研究室を出て行った。
「先客」が衛兵達を倒しておいてくれたお陰で、スムーズに上層へ進む事が出来た。エレベーターを見つけた彼らは、最上階のボタンを押した。エレベーターが最上階に到着し、ドアが開いたその時、バッシュは襲いかかって来るものの殺気を感じとった。
反射的に、仲間を守ろうとして剣を抜いた。
相手の剣がバッシュに剣に受け止められた。
相手は、バッシュの剣の腕が並外れて強かったので、衛兵以上の身分の者であることにすぐ気づき 剣に込める力を抜いた。「・・・すまんな。シドの手先ではなさそうだ」
バッシュも、事の事情をようやく掴み、剣を下ろした。どうやら、相手の狙いはドクター・シドのようだ。「そうか。君が先客だな」
バッシュの言葉に応えるように、上の方から男の声が聞こえて来た。「ああ。惜しい男ではあるがな。知りすぎていただろう?」
バルフレアの表情が変わった。
「先客」がその声の聞こえた方へ駆け出していったので 一行もその後に続いた。
「シド!リヴァイアサンをやったのは神授の破魔石だなまだ、あんなことを続けているのか?!」
目の前に見えて来た初老の男に「先客」は言った。 どうやらその初老の男がドクター・シドのようだ。
「止めてみせるか。身のほど知らずめ」
「強がってんじゃねぇよ、てめぇの歳を考えろ!」たまらずバルフレアがシドの前に駆け寄った。
シドにとっては数年ぶりに会う息子だ。 しかし彼は冷たい口調で「いまさら何しに来た?空賊風情が!」と言った。
「『黄昏の破片』をいただきにさ。空賊らしくな」
「あんなものがほしいのか。つまらん奴だ」シドはそう言って、息子に幻滅した様子だったが、「ん?・・・なんだ?」と、誰かに耳打ちされたかのように、バルフレアの側で心配そうに2人のやりとりを見ていたアーシェに気づいた。「貴様が、ダルマスカの王女か!ふん、見込みがなくもなさそうだ。試そうと言うのだな?」
シドが、アーシェではなく、宙を見つめて誰かに話しかけるようだったのでアーシェは眉をしかめた。「何を言ってるの・・・・?」
「試してやろうと言っておる!石の力がほしいのだろう?」
アーシェは、自分の心の闇の部分が、この初対面の男にも見透かされていたことに、ただ言葉を失うばかりだった。
「奴の話に耳を貸すな!利用されるだけだ!」動揺するアーシェに向かって「先客」が言った。 しかしシドは、アーシェを試そうとする手を止めようとはしなかった。 体中から、ミストが立ちこめ、ナゾの影が見え隠れしているのをフランは見た。
ああ・・・ミュリンやベルガと同じ・・・
「・・・人造破魔石よ!」フランはバルフレアに向かって叫んだ。
「あんたもか・・・・あんたもなのか・・・・・?」バルフレアは絶望の淵に立たされていた。かつて人造破魔石により人間でなくなってしまった者を彼も見て来た。そして、その者が行き着いた末路も。自分の父、シドも、彼らと同じ末路をたどるのか・・・やりきれない思いをぶつけるように、バルフレアは父に立ち向かっていった。
しかし、シドは屈する事を知らなかった。まるで何かの結界に守られているようだ。「先客」がシドにとどめを刺そうとしたが、何かに跳ね返されて、体を床に叩き付けられてしまった。
危機一髪を逃れたシドは、ホッとため息をつき、また、宙に向かって喋りだした。「手間をかけたな、ヴェーネス」
そうして、初めて姿を現した「ヴェーネス」を見たバルフレアは心底驚いていた。少年の頃、シドが幻覚を見て話しかけていた相手だと思って来た「ヴェーネス」。父の頭がおかしくなってしまったのだと、バルフレアを幻滅させていた存在が今、実際にバルフレアの目の前に姿を現したのだ。「ヴェーネス・・・・こいつがヴェーネスだと?!」
「アーシェ・バナルガン・ダルマスカ!貴様、あくまで力を追い求めるか。破魔石がほしくてたまらんかっ!?」バルフレアを無視し、シドはアーシェに「黄昏の破片」を見せびらかした。アーシェの表情がどんどんこわばっていくので、シドはなおも意地悪く続けた。「図星か?図星だな?それでこそ覇王の末裔だ!ならばギルヴェがンを目指せ!新しい石を恵んでもらえるやもしれんぞ?」喋り終わるか否かの時に、どこからか小型の飛空挺が下りて来た。
シドが、何もかもを知っている様子で、笑いながら飛空挺に乗ろうとしてるので、 アーシェは理由を聞きたくて、ムキになって引き止めようとした。「なんのつもりで、そんな話を?!」
「・・・歴史を人間の手に取り戻す・・・。わしもギルヴェがンに向かう。追って来い!空賊」シドは、バルフレアにそう言うと、さらに高笑いをして飛空挺に飛び乗った。そうして、飛空挺はあっという間に飛び立って、彼らの視界から消えてしまった。
「・・・・ふざけやがって」バルフレアは悔しそうに言った。
「歴史を人間の手に取り戻す」この言葉の本当の意味について、彼はこのとき、気づく事が出来なかった。そして自分が父親を誤解していた事も。
状況が落ち着くのを見計らっていたのか、一行が、ようやく剣を鞘におさめると、シドの言葉に打ちのめされていたアーシェの側に「先客」が近づいて来た。
「先ほどは失礼した。ダルマスカのアーシェ王女だな」シドの会話の一部始終を聞いていたのだろう。彼は改めて、王女であるアーシェにうやうやしく頭を下げた。私はバーフォンハイムのレダス・・・・空賊だ」
「空賊」というフレーズにバルフレアもヴァンも敏感に反応していた。