フランの心

ブルオミシェイスへ向かう途中に入り込んだゴルモア大森林には、道の途中途中に結界が張られていた。そのため道を先に進むことができず、ヴァンはその結界を手で触れたり、体当たりしてみたりして「なんだ、これ・・・」と苛立った。
「ゴルモアの森が拒んでいるのよ」
「・・・・私たちを?」アーシェが思わずそう言ったので、フランは「・・・・私を、かしらね」苦笑を浮かべながら答えた。
「なんだそれ?・・・ってか、どうすんだよ、アレ」結界をどうする事も出来ないヴァンは、まるで道を知っているかのように大森林を進むフランを追いかけた。バルフレアは事情を知っているかのように「寄ってくんだな」と、フランに尋ねた。
「・・・・ええ」
「過去は捨てたんじゃないのか?」
「他に方法がないから・・・・あなたのためでもあるのよ」フランはそう言って、バルフレアを見透かすように、彼のヘーゼルグリーンの瞳を覗き込んだ。「・・・・焦っているでしょう?破魔石がそうさせているの?」
バルフレアは言葉を失った。フランは容赦なく、そんなバルフレアに対し言葉を続けた。「・・・・あなた、意外と顔に出るのよ」
バルフレアは図星をつかれたのか、言葉に詰まっていた。
フランたちに追いついてきたヴァンが「つまり、どういうこと?」と問いかけた時、フランは既に精神を集中させ、指で何かのサインを描いた。
「・・・・こういうことよ」フランがサインを切り終わると、彼らの前に、緑色に光る道が現れた。
ヴァンは心底驚いて、フランと、緑色の道を見比べた。
「この森に暮らすヴィエラの力を借りるわ」フランは緑色の道に足を進めた。後ろからその様子を見つけていたパンネロは、ヴィエラ、という言葉を聞いて敏感に反応した。
「もしかして、ここってフランの・・・・?」
「・・・・今の私は招かれざる客よ」そう言ってフランは静かに森のさらに奥へ消えていった。


エルトの里は外界から完全に隔離されており、ヴィエラ族がその長い一生を過ごす地であった。里には女性しかおらず、ひどく静かで、怖いくらい美しい場所だった。
里の入口でフランは立ち止まり、先を急ぐヴァンを引き止めて言った。「ここにミュリンという子がいるわ。呼んで来て」そうして自分が里の中までは同行しない意志を伝えた。ヴァンは不思議そうな顔をしたが、あまり細かい事にこだわる性格ではなかったので、素直に彼女の言葉を聞き入れると、里の奥へ入っていった。
ヴァンは、ヒュムの侵入を奇怪な目で見るヴィエラ、無関心を装うヴィエラ、ヒュムを軽蔑するような口調のヴィエラに対しても遠慮なく話しかけ、ミュリンの居場所を聞いて尋ねた。中には、この里の閉鎖的な雰囲気に反発しているヴィエラもいて、彼女たちがこっそり村のいろいろな地理を教えてくれた事もあり、ヴァンたちは、里のかなり奥の方まで足を進める事が出来た。最後に辿り着いたところは、どうやら里長のいる建物の前のようだった。
騒ぎに気付いて外に出てきた風格のある美しいヴィエラが、何事かと言うような顔でヴァンたちの姿を見つめていた。ヴァンがそのヴィエラに向かって「ミュリン」の事を尋ねようと思ったそのとき、里の入口で待っていたはずのフランが彼らの前に現れた。
「・・・・森の声が聞こえたの。この里にミュリンはいないわ。ヨーテ、あの子はどこ?」
フランの言葉に、ヨーテと言われたそのヴィエラは特に表情を変える事もなく、冷たい口調で答えた。
「なぜたずねる。あれの行方を告げる森の声・・・・ヴィエラなら聞き取れるはずだが」ヨーテの厳しい口調の前で、フランは言葉を失ってうつむいてしまった。そんなフランを見た事がなかったので、ヴァンは内心、驚いていた。
「聞こえんのか。鈍ったものだ。ヒュムと交わった報いだな」ヨーテは軽蔑するようにフランを見下した。「森を捨てたヴィエラは、もはやヴィエラではない・・・・森を去ったミュリンもな」
「・・・・だから見捨てようってのか」フランが軽蔑されるのが耐えられなかったバルフレアは思わずヨーテに反論するように言った。
ヨーテはバルフレアの問いかけに思慮深い様子でしばし考え、言葉を選ぶようにして答えた。「里の総意だ。ヴィエラは森とともにあらねばならん。それが森の声であり、われらの掟だ」
「じゃあ!」たまらずヴァンが口をはさんだ。「じゃあ、そっちは掟を守ってろよ。こっちが勝手に助けるんなら、文句はないだろ」
ヨーテはヴァンの言葉に特に動じるふうではなかった。静かに目を閉じて、足下から舞い上がるような風の流れに身を任せる様子だった。そして、心地よい低い声で静かに答えた。 「・・・・ミュリンは森を去って西へ向かい・・・・クロガネをまとうヒュムどものアナグラをさまよっている・・・・それが、森の囁きだ」そうして彼女はその場を去ろうとした。 そんな彼女の足を止めるようにしてフランが言った。
「・・・・ヴィエラが森の一部だとしても、森はヴィエラのすべてではないわ」
ヨーテは、後ろを振り返りもせず、しかし、どこか、フランに対する愛しさとも、厳しさとも判断しかねぬような低くて、心地よい声で答えた。
「その言葉、50年前も聞いたな」


何はともあれミュリンの居場所を聞き出したヴァンに向かってバルフレアは頼もしそうに言った。「やるじゃないか。あんなのから情報を引き出すとはね」
バルフレアの賛辞に対し、当のヴァンは何やら先ほどから気になって仕方がないことがある様子で、ずっと何かを考えていた。
「・・・・さて、ヒュムの穴とか言っていたな」
バルフレアの言葉に対し、ラーサーがすぐに言葉を返してきた。「バンクール地方のヘネ魔石鉱でしょう。オズモーネ平原の南ですね。あの一帯は、我が国の植民地なんです・・・軍もいるでしょう」ラーサーは親切心で答えたつもりだった。
しかしバルフレアは何やらムッとした口調で「それがどうした?」と冷たく言った。「行くぞ」
「・・・・あのさ」と、バルフレアが先頭で里を出ようとしたそのとき、先ほどから何か解せない事がある表情をしていたヴァンが、思い立ったように彼らの足を止めた。
「さっきほら、ヨーテが言ってたろ、その、50年前がどうとかって」
ただならぬ表情でフランが振り返って「・・・・それで?」と尋ねた。
「・・・フランって、何歳?」
フランは、率直で無邪気なヴァンの質問に、答える事もなく、無表情で先を急いだ。仲間たちはそんなヴァンに対し、呆れて言葉もでない様子だった。みんながヴァンの無神経さを非難したが、当のヴァンは、まだ解せない様子で考え込んでいた。そして、仲間がすっかり誰もいなくなった里に、1人取り残されてしまった。


  • FF12ストーリー あまい誘惑