過去を断ち切れば自由

アルケイディア帝国は、イヴァリース東部の大半を領有している。国家としての規模や性格の似るロザリア帝国とは200年近くも敵対し、幾度となく戦うも決着がつかずにいた。帝都に向かう途中の旧国境フォーン海岸では、ロザリア軍の空襲に備え、帝国防空隊が警備にあたっていた。よって、アーシェたちが空から帝都に行くのは自殺行為のほかならない。バルフレアは、ナルビナを北上し、サリカ樹林で国境を超え、フォーン海岸から帝都へ徒歩で行く経路を計画した。 何れにしても長く過酷な旅路であるのは間違いなく、最初のうちはいくらか会話もあったが、徐々に疲れが蓄積し、一行は無口になっていった。アーシェも一言も喋らず、考え込む事が多くなった。
夫ラスラがこの世を去ったのは2年前。彼は、政略結婚という、愛のない結婚をしなければいけないアーシェに対し 精一杯、誠実に振る舞おうとした。アーシェが望まなければこの手にも触れようとせず、彼女を大切にする優しい人だった。
そんなラスラが、果たして復讐を望むだろうか?
アーシェは自分が、ただ力を求め、夫への復讐を口実に破魔石の力に飢えているだけなのでは、と自分を責める事が多くなった。


ブルオミシェイスを出てから、ろくな宿をとらず、野宿する事も多かった。獣が多いモスフォーラ山地では夜通し歩くこともあった。モスフォーラスをサリカ樹林に抜けると旧国境があり、その先はフォーン海岸のを美しい砂浜が開けた。ヴァンとパンネロは開放的な美しい浜辺に大喜びで、無邪気に海岸へ走っていった。一行はそんな2人の無邪気さにようやく心和んでいたが、アーシェは額の汗を拭い、美しい海に感動する心の余裕もなく、空を飛ぶ帝国の防空隊に神経質になっていた。
彼女はこの旅が始まってからずっと気持ちが張り詰めており、食欲は落ち、最近では歩く時にふらつく事が多くなった。それでも帝国につくまで、倒れるているヒマはない。彼女は先に進もうとして、砂浜に照りつける太陽の光にかすかな目眩を感じ、すっと、ヒザの力が抜け、よろけそうになった。
そのとき、そんな彼女の手が、そっと握られ、よろけた体が抱きとめられたような気がして、びっくりして、手を握って来た相手を見た。
そこに、バルフレアが立っていた。
しばし戸惑い、アーシェは逃げるようにして、その場を去ろうとした。
「・・・・なんで帝都に行く?」そんなアーシェを呼び止めるようにしてバルフレアは言った。
「それは・・・・。破魔石を封じに・・・」
「奪い返しに、じゃないのか」
口ごもるアーシェに対し、バルフレアははっきりとした口調で訪ねた。「石の力でダルマスカ再興・・・・そうなんだろ?」
アーシェは、この旅路に自分が思い悩んで来た、自分の心の闇をバルフレアが見透かしていた事を初めて知った。そして、言葉が返せず、ただうつむく事しか出来なかった。
「気持ちはわかるが、どいつもこいつも・・・」ため息まじりにバルフレアが言った。 そんな彼に対し、アーシェは重い口を開いた。
「・・・私が力に飢えている、破魔石に取り憑かれている、そんなふうに見えますか?」
「そう言う奴を1人知っている。破魔石に夢中になって、他には何も見えなくなって・・・・」バルフレアはそう言って、寂しそうに海を見つめた。「始終わけのわからん独り言ばかりでな。エーデスだったか、ヴェーネスだったか・・・・・・・まぁ、いいが。とにかくそいつはすべてを破魔石のために踏み台にした。 飛空挺やら、兵器やらを開発したり、オレを無理矢理ジャッジにしたり・・・」
「あなたが、ジャッジ?!」バルフレアの後ろ姿を見つめながら、アーシェは心底驚いたように言った。
「秘められた苦い過去ってやつだな・・・すぐ逃げたよ。ジャッジの義務からも、そいつからも・・・・。」アーシェの驚愕に、バルフレアは苦笑いをして、言葉を続けた。「シドルファム・デム・ブナンザ・・・・ドラクロア研究所、ドクター・シド。破魔石に心を奪われて、あいつはあいつじゃなくなった・・・オレの父親でもなくなった。」そう言って、バルフレアは動揺を隠せぬ表情のアーシェをまっすぐに見つめた。
「おまえは、あんなふうになるな」

いつも側にいたバルフレアだったが、こんなにも近くで、2人だけで見つめあった事は初めてだった。アーシェは自分の心が熱く、感情が高まっていくのを感じ、慌てて、目を反らそうとした。しかし、バルフレアは、ずっと言いたかった事を、彼女に言おうとしていた。彼女の瞳をもう一度見つめ、彼女の心の奥底に入り込もうとしていた。
アーシェは抵抗する事が出来ず、深いヘーゼルグリーンの瞳から、もう、逃れる事は出来なくなっていた。
「・・・・オレは逃げちまった。石にとらわれたアイツを見てられなくて・・・逃げて、自由になったと思い込んでいた。なのに、破魔石と知らず『黄昏の破片』に手を出して あんたに会って、ここにいる。結局、逃げられやしなかったんだ」
アーシェは、もう、バルフレアから目を反らさなかった。その瞳を受け止めるように、彼はまるでアーシェに訴えるような口調で続けた。
「・・・だから終らせる。過去に縛られるのはもういい」
「・・・・過去を断ち切れば、自由・・・・」アーシェはそう言って、改めて、ラスラとの過去を振り返った。
ラスラはやさしかった。 憎しみのために復讐など、出来る人ではなかった。アーシェは、婚約してから数日後、それまで決してアーシェに触れようとしなかった不器用なラスラの手を、自分から握った事を思いだした。そうして、胸が熱くなった。アーシェは、ラスラの心の美しさを信じていたのだ。だから、全てを守ろうと思った。
「あんたの心、石になんかくれてやるなよ」バルフレアの言葉で、アーシェはラスラとの幸福な思い出から呼び覚まされた。
ラスラは、もう、いない・・・・
そうして、彼女はバルフレアを見つめた。
その瞳を見て、バルフレアは笑った。やっと、気の強いお姫様の表情に戻ったな・・・と。
「・・・王女様はお強いんだ」バルフレアなりの、アーシェへのエールだった。
「・・・・そうありたいと願うわ」
そう答えて、顔を上げ、初めてフォーン海岸の美しい景色に心を打たれた。
心地よい潮風を感じながら、バルフレアとともに、いつまでも押し寄ては引いて行く波を見つめていた。


  • FF12ストーリー あまい誘惑