アルケイディスの事情

アルケイディア帝国の首都、帝都アルケイディスは、ガルテア連邦時代から栄える学術都市だった。街には見上げるような高層建築がひしめき、そのビルの間をエアタクシーが行き交っていた。ヴァンはここご敵国であることも忘れたかのように、アルケイディスの近代的な町並みに圧倒されていた。ラバナスタは歴史こそあったけれど、高層ビルが建ち並ぶ都会ではない。また、砂漠地帯で軽装の国民が多いラバナスタと比べ、アルケイディスにはドレスやスーツを身にまとった洗練されてた人々が行き交っている。旧市街地とは大違いだった。

ヴァンは、すっかり、初めて見る都会的な景色に魅せられてていた。
「何してんの、おのぼりさん」パンネロがクスクス笑ってヴァンの隣に並んだ。
「・・・見物して悪いかよ・・・・。そりゃあ、ここは帝国だけどさ」
「・・・・ヴァン、変わったよ」きまり悪そうな表情で答えたヴァンにパンネロは、穏やかな笑みを見せた。「前はね、こだわっていたっていうか、苛ついていたっていうか・・・時々だけど」パンネロは、ラバナスタを出た当時、ヴァンが帝国に関する全てを目の敵にしていた事を思いだしていた。 その彼が、この長い旅を経て、今はこだわりもなく帝国の姿に関心したり、驚いたりしている。 多分、彼は過去の傷を消化しつつあるのだろう、と、感慨深くヴァンを見つめた。
ヴァンは照れたように、帝国の空を見つめながら「いろいろ見たから・・・・かな。こんな遠くまで来るなんて、想像もしてなかった」と答え、気づかうようにパンネロに目を戻した。「・・・・ラーサーも、この街のどこかで元気だよ。あいつ、歳のわりにはたくましいし」
「そういうとこは変わらないね」ヴァンの変化を悟っていたパンネロだったが、同時に彼は何も変わってないと言う事にも気づいた。ヴァンはずっと、パンネロがラーサーの無事を案じていた事を気にかけていたのだ。
普段は、お調子者で空気を読めない彼だけど、そういったやさしい気遣いはラバナスタにいた頃と何も変わらない。自分の長所を見失わないヴァンの心の強さに、パンネロは改めて嬉しくなっていた。
「・・・私ね、王女様とかラーサー様とか、ああいう人たちに会える機会なんか一生ないって思ってた」
「・・っだよなぁ!たまについていけないけどさ~」
「きみらにも、王家に仕える苦労がわかったようだな」2人の会話を後ろで聞いていたバッシュが、諭すような口調で割って入って来た。バッシュが半分ふざけたような、半分真面目なような顔をしているので、ヴァンはからかって答えた。
「オレは別に家来じゃないし?」
「そんなこと言っていいんですか?」さらにバッシュをからかうようにパンネロが言った。
アーシェも、アーシェの前では忠臣としての立場を通すバッシュの、ユーモア溢れる一面を見て、ただ、新鮮な思いを抱くだけで、すっかりここが敵地帝国である事も忘れ、笑った。
そんなアーシェの穏やかな表情に、バルフレアも安堵していた。


アルケイディスに生まれ、アルケイディスに育ったバルフレアは、何かと街のいろいろなことに詳しく、人目のつかない裏道などもよく知っていた。さらに「上」の区画に移動するには色々と算段しなければならず、その算段をするためにバルフレアは別行動をとると言って、その場から立ち去ってしまった。
バルフレアがいなくなった後、まだまだ市内を見物したいヴァンは、心配性のパンネロの目を盗んで、1人、繁華街にくり出した。
ヴァンは空を行き交うエアタクシーが気になっていた。ラバナスタにはない乗り物だ。どこから乗るのだろう、と乗り場を探していると、ニルバス区内に停留所があった。乗り場にタクシーガイドが立っていたので、ヴァンはどうやったら乗れるのか訪ねてみた。どうやら、乗るには帝国市民であることを証明するリーフがいるらしい。
「お困りの様子だねぇ」
ジュールはそう言って、馴れ馴れしい顔でヴァンに近づいて来た。
「バルフレアの旦那から伝言だよ。国家中枢ブロックで待ってるから、さっさと来いとさ」そう言って、ジュールは目の前のエアタクシーをさした。
「これに乗ってか?でもリーフってのがいるみたいだぞ。なぁ、リーフってなんだ?」
「情報がほしい時は・・・・わかるよねぇ?」そう言ってジュールはいやらしくヴァンの前に手を出した。「そうだな、2500ギルでどうだい?」
市街地での事例があったので、ヴァンはジュールを信じて即座に2500ギルを渡した。
ジュールはギルを財布にしまいながら、ホクホクした顔で話を始めた。「リーフってのは、ご立派な帝国市民としての身分を証明するものさ。この街では何かと必要になるのよね、これが。 帝国の特権階級「政民」のいる国家中枢ブロックに行くなら・・・・3枚あれば足りるんじゃないの?」
「どうやったら手に入るんだ?」リーフ集めにやる気満々の単純明快なヴァンに対し、 市内を駆け回って情報を集め、その情報を必要としている市民に提供すれば、すぐに3枚くらい集まってしまう、とジュールは答えた。
帝都の人間は他人に施しを与えるのを好む。自分の持ってる物を相手に恵んでやることに何より喜びを感じるので、情報を提供し、彼らの奉仕精神をくすぐり、それを利用しろ、というのだ。 ヴァンはそんなに簡単な事なら、と、さらにやる気がみなぎった様子で、ジュールに心から礼を言い、その場を去っていった。 ヴァンはジュールの言う通り、道行く人に情報を提供し、そのお礼にと、リーフを恵んでもらったお陰で、そう時間がかからずにリーフは3枚集まった。一行を呼び寄せ、喜び勇んでタクシーガイドのところに行き、エアタクシーに乗り込んだ。

エアタクシーを降りた先に、ちょっと不機嫌な顔をしたバルフレアが立っていた。
だいぶ、待たされた、という表情をしていた。
ヴァンは、リーフ集めをしていたから、来るのが遅くなったのだと弁明した。
「なんだと?ジュールにリーフを預けたはずだぞ」
「ええ?」ヴァンが心底驚いていると、そこへまたもやジュールが現れた。
「まずいねぇ。ドラクロアにジャッジ隊が出動だよ・・・・こりゃあ、通用口からの侵入は厳しいねぇ」
「お前のしわざか。公安総局の動きを掴んでいたな。ジャッジ隊がドラクロアの警備を強化するまでヴァンにリーフ集めをさせて時間を稼いだわけだ」バルフレアは苦笑を浮かべた。
最初からジュールは、ドラクロアの情報がほしかったのだ。今やドラクロアはシドの意のまま。内部の事情を掴むにはシド本人の動向から推測しなければならない。彼の息子であるバルフレアを差し向け、ドラクロアに騒ぎを起こさせ、その隙に研究所の情報を手に入れる、というわけだ。
「オレたちの情報・・・公安にいくらで売った?」しかし、バルフレアは、ジュールがジャッジからの金ほしさに自分たちを売ったのだと思っていた。
ジュールは、滅相もない、という表情で「ジャッジに情報を売る気はないんだな、これが。もっといい客がいらっしゃるのよ。・・・・なぁ、旦那、知ってるかい?あの研究所は今や、あんたのオヤジのおもちゃ箱なのよ。ドクター・シドは議会の承認も得ず好き勝手に研究を進めて、皇帝ですら実態を掴めなかった。特にヴェインが臨時独裁官に就いてからは、ウワサ話ひとつ漏れて来ないわけだ。あそこの”情報”を買いたい客は多いのにねぇ」
「元老院の後ろ盾をなくした反ソリドール派に、新兵器の開発を警戒するロザリアの工作員・・・・ オレたちが騒ぎを起こした隙に、そいつらへ売る情報を仕入れようってワケか」バルフレアが「フン」と鼻を鳴らした。
「利用させてもらうかわりに、運転手に話を通した。『例の場所へ』って一言でドラクロアへご案内だ。 これで貸し借り無しってわけねぇ」
「・・・・アルケイディス流の取引き、か。ふん、懐かしくて涙がでるね」
「故郷に帰って来た実感が湧いたろ?」ジュールはバルフレアの肩を馴れ馴れしく叩いた。「じゃあ、オヤジさんによろしく、ファムラン殿・・・・いやいや、バルフレアの旦那」
バルフレアの顔がムッとなった。
ジュールが姿を消した後も、彼はしばらく機嫌が悪かった。


  • FF12ストーリー あまい誘惑