バッシュは、かつてダルマスカ騎士団を率いる名将として、イヴァリース全土にその名を知らしめていた。ともに軍を率いたウォースラ・ヨーク・アズラスも相当の腕を持っていたが、軽巡洋艦シヴァの戦いでバッシュに勝つことはできなかった。ガブラスも、ジャッジ・マスターの中では実力者であり、その右に出るものはなかった。そんな彼も、とうてい、兄バッシュには敵わなかった。
ジャッジ・マスターとして、長い間、帝国に支えて来たと言うのに、すでに将軍の地位を失っているバッシュに破れた事に ガブラスはまだ素直になれずに言った。
「バッシュ・・・貴様も復讐の義務から逃げるのか!」
「やめんか、見苦しい!」そんなガブラスの背後から、声が聞こえて来た。
いつの間にそこにいたのか、シドは、床に落ちていた暁の断片を拾い ため息をつき、ガブラスに歩み寄った。
「貴様には失望した、わからんか?え?! 王女に剣を向けたとき、己は何を裏切ったかわからんか。貴様はラーサー殿の信頼を裏切った。剣にも盾にもならん奴だ」
シドの言葉に、初めてガブラスは動揺を見せた。
ガブラスは、復讐する気持ちが消え失せようとしたアーシェに苛立を感じていた。なぜなら、自分が過去を捨てきれず、自分の姿をアーシェに投影したからだ。過去にとらわれている自分を肯定するために、アーシェの復讐心を煽りたかった。その我欲のために彼は自らに芽生えかけていたラーサーへの忠誠心をすっかり失ってしまっていた。同時にグラミスからヴェインに寝返り、かろうじて得たラーサーの「剣」の役目、皇帝やドレイスから託されたラーサーの「盾」の役目も果たせなかったのだ。
「卿にかけたい。卿を信じる」皇帝宮でラーサーが自分に向けた純粋な信頼を思いだし、ガブラスは打ちのめされる思いがした。
「ラーサー殿の護衛を解く。どこへなりとも消えてしまえ」
ガブラスはわなわなと震えだし、剣を振り上げ、シドに襲いかかった。
「よせ!」バッシュは弟の命の危険を感じ、悲痛の声を上げた。
そのとき、シドを守るようにヴェーネスが現れ、ガブラスの体が地面に叩き付けられた。シドの傍らに現れたヴェーネスを見つめ、バルフレアが複雑な表情で言った。「そいつがとりついてたんだな・・・」
「何を言う。我が同志だ。オキューリアは人間を飼いならす餌として力を授ける。 その誘惑をよくぞ拒んだ」シドはそう言って、アーシェを見つめた。「奴らの石に背を向けて初めて、人間は歴史を動かす自由を勝ち取るのだ」
「・・・・破魔石欲しさに、ダルマスカの自由を奪っておいて!もう破魔石は渡さない。ここで繭を砕く!」アーシェは怒鳴るように言った。バルフレアの複雑な心境がわかっていたが、たとえシドがバルフレアの父親であろうとも人造破魔石を作るために多くの民を犠牲にしたことが許せなかったのだ。
「おお、砕こうではないか。だからこそ封印を解いてもらいたかったのだ。だがな、オキューリアの剣は使わんぞ。 繭が蓄えたミストが失われてしまうのでな」シドは奮い立つアーシェにそう言って、暁の断片とヴェーネスの力で天陽の繭のミストを解放させた。
計り知れない、膨大なミストが辺りにほとばしった。
「破魔石よ!天陽の繭よ!今こそすべてのミストを吐き出せィ!そして天地に満ちたミストを、バハムートを喰らうのだ!!」シドが両手を掲げると、ミストが強風をおこし始めた。「見ろ!この光はのろしだ!神を気取るオキューリアの意思をはねのけ、 歴史を取り戻す人間の雄叫びだ!」
「それで人造破魔石かよ。オキューリアの石を猿真似して、あんたが次の神様か!」父親に幻滅し、あざけるようにバルフレアが言った。
「神を踏み台にして何が悪い?わしを失望させた上、逃げて逃げて逃げ切れず、今さら舞い戻りおって!来い、ファムラン!わしの石を思い知れ」シドは召喚獣を従え、バルフレアに襲いかかって来た。
フランがかつて言ったように、シドの体には人造破魔石が埋め込まれていた。
人造破魔石は、その移植を受けた者に無尽蔵の力を与えるわけではなく、その者の生命力を瞬時に戦う力へと変換させるものであった。今まで、体に埋め込んだ破魔石を完全にコントロールして来たシドだが、ヴァンたちから受けた攻撃に生命力が消耗を始めていた。
召喚獣が倒されると、シドは突然、床にくずおれた。
バルフレアは、父の傍らに駆けつけようとした。しかし、父の前にヴェーネスが現れ、シドを守ろうとしてバルフレアを拒んだ。
そんなヴェーネスにシドは、息絶え絶えに言った。「かまわん、ヴェーネス。ここまでだ。 ・・・・この6年間、実に楽しんだ」
「私こそ感謝している」ヴェーネスはそう言い残し、シドの結界を解いた。
シドの体からミストが溢れ、この世から姿を消してしまうのか、体が透明になっていった。
バルフレアはいたたまれなくなって、目を反らそうとした。
「・・・情けない顔をしおって。どうせ逃げるなら、逃げ切ってもみせんか。馬鹿者めが」シドは、完全にバルフレアの父親の顔に戻っていた。
手を伸ばそうとすると、その体は、完全になくなってしまった。
父親の死をバルフレアが悲しむ間もなく、大量のミストに耐えられなくなったフランが倒れた。
「フラン!?」バルフレアはフランに駆け寄った。
「・・・ミストが燃える・・・・。繭の・・・・鼓動・・・・。弾ける・・・。できるだけ遠くに・・・逃げるのよ」
「おいフラン・・・・」
バルフレアは、彼の頬の感触を確かめるようになぞるフランの手を握った。
「逃げ切ってみせて・・・・」フランは、バルフレアの悲しみを感じていた。父を失ったバルフレアの悲しみを。「最速の空賊、バルフレア・・・・でしょう?」
バルフレアも、フランが何を言いたいのか理解が出来た。シドも、フランも、バルフレアらしく生きろと、励ましの言葉を言いたかったのだ。シドは、父親として、最後まで息子を心配していた。そして、理解もしていた。自分が自由を求めて生きる事しか出来ない、ということを。
バルフレアは、フランの手を力強く握った。
「振り落とされるなよ」
そうして一行をシュトラールへ導こうとした。
しかし・・・・
天陽の繭のミストはいまや、嵐のように渦巻いていた。この放出を止めなければ、彼らはここから脱出できないどころか、リヴァイアサン、否、あのとき以上の爆発に巻き込まれ、命を落としてしまう。
「アーシェ、剣だ!繭を止めよう!」ヴァンとアーシェは力を合わせ、契約の剣を構えて繭に近づこうとした。
しかし、ミストの勢いに押されて前に進めなかった。そのとき、レダスのたくましい背中がアーシェの視界を遮った。
「さっさと逃げな。臨海を超えて複合崩壊が始まっている。ふざけた規模だ。 あの時の何千倍だか・・・・」
そう言って、レダスは目の前で壊滅していったナブディスの最期を思いだし、アーシェの手から契約の剣を奪い取った。
「・・・ナブディスに、償う!」
「おい・・・・」ヴァンが止めようとするも、ミストに押されて止める事が出来なかった。
レダスはもう振り返らず、持っている己の力すべてを使い、繭に飛びかかった。
「レダス、無理だ!」悲鳴のようなヴァンの声が響き渡った。
「ジャッジ・マスターを・・・・甘く見るな!」
レダスが渾身の力で繭に覇王の剣を突き立てた。繭の裂け目から膨大なミストが溢れ出し、あっという間にレダスの体を包みこんだ。
その体がどこにあるのかの確認できなくなり、もう、助ける事が出来なかった。
「レダス・・・」無念の思いに、ヴァンは目を伏せた。