夢見の賢者

エルトの里の里長、フランの姉ヨーテから入手したレンテの涙の導きにより、アーシェ一行は、ゴルモア大森林から雪深いパラミナ大渓谷に抜け、ブルオミシェイスに向かっていた。


キルティア教は今から2000年前、預言者キルティアによって開かれた。その総本山となるブルオミシェイスは大僧正アナスタシスを中心に難民の救済などに努めていた。近年の戦乱により増加の一途を辿る難民たちに対しては、教団支援者からの多額な寄付金を使って食事や住居を世話していた。その噂を聞きつけてか、ブルオミシェイスが近づくにつれ、貧しい身なりをしたヒュムがアナスタシスに救済を求め、疲れ果てた様子でブルオミシェイスへ向かう姿が目立つようになった。
ラーサーは、立ち止まってその様子を見つめていた。
「・・・・どこかの侵略国家のせいで、ああいう難民が増えているのさ」バルフレアはアルケイディスの事を遠回しにする言い方をして、ラーサーに嫌味を言った。
しかし、ラーサーにもわかっていた。
各小国へのアルケイディスの侵略は、亡命者を増やし、亡命した人々を難民にさせてしまっている。 行き着く場所を失った彼らは満足に着るものも買えず、こんな寒い地方の山中でやむなく暮らしているのだ。
「・・・これ以上増やさないために、友好を訴えて大戦を防ぐんです。父は必ず平和を選びます」
「必ず?」とってつけたようなありきたりのことを言うラーサーに、バルフレアはすぐに言葉を返し「たいした自信だな。父親だろうが、結局他人だろ」そう言って、冷たく背中を向けた。
バルフレアの言葉にラーサーは言葉を返せなかった。 ヴァンは、そんなバルフレアの後ろ姿を見届けると、「あんまり気にすんなよ」と、ラーサーの肩を叩いた。

ブルオミシェイスに到着するとラーサーはさらに厳しい現実を見ることになった。神殿へ続く道には小さな子供を抱え寒さに震えるもの、親を亡くし悲しみに暮れる子供が、炊き出しの前で列を作って並んでいた。難民で溢れる道をさらに進むと、やがて大僧正アナスタシスのいる神殿が見えて来た。
神殿の門番をしているキルティア教長老に導かれて入った神殿の奥にある光明の間に、高齢で白髪の、アナスタシスが目を閉じてに立っていた。間近まで近づいたが、全く目を開かなかった。 ヴァンは、隣にいたパンネロに「・・・寝てないか?」と思わず尋ねた。
その時、ヴァンの心の中に、静かな声が訴えかけて来た。「なに、眠っているようなものよ」
ヴァンはびっくりしてアナスタシスを見つめた。
相変わらず目を閉じたまま口は開かないのに、その声だけがヴァンに話しかけて来る。アナスタシスは、相手の精神を通じて会話してくるようだ。
「・・・夢をみておる。夢、幻と現世は表裏の一重を成すもの故に・・・。夢は、『まこと』を映す鏡よ」
「アナスタシス猊下・・・・私は・・・」アーシェの心にもアナスタシスの声は届いていた。 アーシェは思いあまって、声に出してアナスタシスを呼んだ。
「語らずともよい。ラミナスの娘アーシェ。そなたの夢をみておった。 『暁の断片』を手にするそなたこそ、ダルマスカ王統を継ぐ者。王国の再興を願うそなたの夢、私にも伝わっておる」
アーシェは、語る前から全てを知られていた事に驚いて、まだ目を閉じたままのアナスタシスを見つめた。
「それでは大僧正猊下。アーシェ殿下の王位継承は・・・」しかし、先に本題に入ったのはラーサーだった。ラーサーにはアナスタシスがアーシェ王位継承を承諾するように聞こえたのだ。

「・・・そいつは、あきらめてもらえませんかねぇ」
ラーサーの言葉を遮るように、後ろから何者かが近づいて来た。いろいろなことで精神的に参っていたラーサーだったが、その姿を確認した途端、表情がパッと明るくなった。
長身で、胸元の大きく開いたシャツを着て、いささか気障っぽい雰囲気のある男性が、陽気にラーサーに近づいて来た。「よう、皇帝候補殿。呼び出されてやったぞ」
ラーサーは友好の意を示そうと、男に握手を求めた。しかし男は12歳のラーサーを子供扱いして、自分よりも遥かに背の低い彼の頭を「いい子、いい子」と撫で回した。機嫌の良かったラーサーも、子供扱いされた事に憤慨してその手を払いのけ、 あくまでも威厳を失わず、見知らぬ男の登場に怪訝そうな顔をするアーシェに向かって説明をした。
「・・・彼に会わせたかったんですよ。この人、これでもロザリア帝国を治める、マルガラス家の方なんです」
「山ほどいるうちの1人ですがね。私だけじゃ戦争を止められないんで、ラーサーに協力を仰いだわけで」男はそう言って、うやうやしく礼をして、アーシェの前にひざまずいた。「アルシド・マルガラスと申します」
マルガラス家はロザリア帝国の現皇帝の家柄だが、同家の出身者は大勢おり、誰でも皇帝候補であるわけではなかった。アルシドは、帝位からは遠いものの、彼の背後にある緻密な情報網はアルケイディアにとっても脅威だった。「アーシェ殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」アルシドは目の前で立ち尽くすアーシェの手をとって、その手のひらにくちづけをし、彼女の顔をまじまじと見つめた。「・・・・ダルマスカの砂漠には、美しい花が咲くものですな」
アーシェは返す言葉もなく、アルシドに見つめられ続けているのが耐えられなくなって、思わず彼から離れた。女性としての美しさを評価されたアーシェの表情の変化を、興味深そうにバルフレアが眺めていた。
「アルケイディアにはラーサー、ロザリアにはアルシド。彼らは『いくさ』の夢を見ておらぬ。両帝国が手を取り合えば 新しいイヴァリースがひらかれよう」再びアナスタシスが一行の心に話しかけて来た。
アルシドは皮肉っぽい笑みを浮かべ、即答をした。「・・・・それこそ夢物語ですな。現実には戦争が起こりかけている」
「私を招いたのも、大戦を防ぐためと聞いておりましたが?」アーシェは、アルシドがなぜアーシェを呼び寄せておいて「王位継承」に「待った」をかけたのか理解できずいた。「・・・私が王位を継いで、ダルマスカ王国の復活を宣言し、帝国との友好を訴えて、解放軍を思いとどまらせる・・・・と。 なのに今になって、あきらめろとは?」
「姫のお言葉があれば解放軍は動かず、わがロザリアも宣戦布告の大名義分を失う・・・・そういう狙いでしたがね、流れは変わっちまいまして」アルシドは機嫌の悪いアーシェをなだめるような口調で続けた。「2年前、お亡くなりあそばれたはずのあなたが、実は生きていたなんて話が出ると、かえって事態が悪化する状況でしてね」
「私に、力がないからですか?」アーシェはさらに機嫌を悪くして、むっとした表情でアルシドを責めた。
「いやいや。あなたのせいじゃありませんよ」
「ではなぜ!?アーシェさんから友好の呼びかけがあれば・・・・僕が皇帝陛下を説得します。陛下が平和的解決を決断すれば・・・」
アルシドは、そう言うラーサーを見て、少し答えに戸惑っているようだった。しかし、今は、アーシェにもラーサーにも現実に直面してもらわねばならない。
「・・・・グラミス皇帝は亡くなった。暗殺されたんだ」アルシドは、ラーサーの目をまっすぐに見て、覚悟を決めて、真実を言った。
「父上が!?」

ラーサーは、どんなふうに自分の意見を示していいかわからず まるで、魂を失ったようにその場に呆然と立ち尽くした。
「仮に姫が平和的解決を訴えたとしましょう。グラミス皇帝なら戦争回避を優先したでしょうが・・・ 相手はヴェイン・ソリドール。姿を明かした姫を、偽物だとか断定して、解放軍を挑発するんじゃないですかね。ヴェインは戦争を望んでいる。都合が悪い事に、あいつは軍事的天才だ」
アルシドの言葉を聞き終えると、アナスタシスがアーシェの心に接触して来た。「私も夢に告げられた。そなたが姿を現せば戦乱を招き・・・・ヴェインが歴史に名を遺す」
アルシドは、アナスタシスの言葉に「うん、うん」と頷き「帝国軍は全軍あげて、開戦準備を進めてましてね。うちの情報では、ヴェイン直属の西方総軍が臨戦態勢に移行し新設の第12艦隊が進発。それと本国の第1艦隊が、第8艦隊の穴埋めに駆り出されます」そう言って、アーシェを見つめた。「・・・・つまり、どえらい大軍だ」
「そして、切り札は破魔石」アーシェは表情のない声で言った。 アルシドが深く頷いた。
「大僧正猊下。王位継承の件はしばし忘れます。力を持たない私が王女となっても、何も守れません。より大きな力を身につけてから、あらためて」
アーシェの訴えに、アナスタシスは目を閉じたままだった。そして、アーシェと同じく、表情のない声で彼女の心に話しかけて来た。「そなたが夢見るのは、破魔石か?」
「破魔石以上の力です」
アーシェの答えに、アナスタシスの瞳がカッと見開かれき、今まで一度も動かした事のなかった唇を開き 初めて肉声で彼らに話しかけた。「力を持って力に挑むか。まことヒュムの子らしい言葉よ」
「私は覇王の末裔です」アーシェはかつて世界を治めた覇王の末裔である自分が、その血を受け継ぎ再び大きな力で人々を治める事が出来る、と言いたかった。しかしアナスタシスにとっては、単に力に飢えたアーシェが、覇王の末裔である事を言い訳にして、力を求めているようにしか聞こえなかった。
「・・・ならばレイスウォールが遺した、もうひとつの力を求めなさい」
「そんなものがあるのですか?!」
「パラミナ大渓谷を超え、ミリアム遺跡を訪ねなさい。レイスウォールが当時の大僧正に委ねた力が眠っておる。破魔石を断つ『覇王の剣』・・・・」
アーシェは、アナスタシスの言葉を聞くなり、慌てて出発しようとした。しかしアナスタシスは、なおもアーシェに言葉をかけた。「おのが覇業を支えた破魔石を砕く力を・・・・なぜ、子孫ではなく他者に託したのか。 剣を手にして悟らなければ、王国再興の夢は、夢のままよ」
偉大な覇王でさえ、破魔石を使う者が力に飢えて暴走するのを怖れ、それを止める手段を残し、しかも王家の外部の者に託した。アナスタシスはアーシェに、その意味について熟考を求めていた。
今のアーシェは力に飢え、周囲をかえり見ていない。真の覇王の末裔として行動するなら、覇王の真意を悟り、己を振り返れ。そういったアナスタシスのメッセージは、このときのアーシェには伝わっていなかった。

一行は、ミリアム遺跡に向かうアーシェの後に続いた。父の急死に衝撃を受け、呆然と立ち尽くすラーサーを残して。その姿を見届けたアナスタシスは再び眠るように目を閉じた。
「・・・私の夢も、やがて覚めるか・・・・」
心の底でアナスタシスは呟いた。


  • FF12ストーリー あまい誘惑